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yo soy asi, pero nadie sabe
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スタバに行けば、友達がおり、
ショート頼んだのに、トールにしてくれた。
これ、二回目。

タンブラーだから、間違っちゃうのかな?と思ったら、
私だから、とサラッと一言。
後輩いなければ、泣きながらハグするところだったよ。
ありがとう泣

夜ご飯は、宿を経営しているシャッチョウさんが、
コラーゲン入り地鶏鍋をご馳走してくれた。
地鶏は固くて噛みきれないと思ってたけど、
めちゃめちゃ、柔くてうまかった!
梅酒も飲んで、夜は久々まったりできました。
課題曲課せられましたが…


去年誕生日を祝えなかったとのことですが、
いやー、充分っ!
何もお返しできず申し訳ない。
歌で返します、一先ず。

ついでに宣伝もしときます。
私が伺ったお店は、別府の旅籠屋精泉(はたごやせいせん)。
別府の扇山、上の方にあるけど、
生の地鶏は本当にうまい!
温泉もあって、もちろん宿泊もできますから、
ぜひ、から騒ぎ的な会でつかってつかぁさいっ




最近鬱ってたけど、私には感謝してもしきれない、
大切な人たちが周りにこんなにもいる。
ばかだな、わたし。
こんな日記かいたの何度目だろう。

その事を忘れてはいけない。

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韓国のお父さん(注:お世話になってるので、私は勝手に韓国のお父さんと呼んでいる。)
が本年何度目かの来日、というより来別をしたので、
会食へ。


前回はタイミングを逃したため、今回こそ。
今回も寿司。

恩師も同席。
助かる。
もともと、恩師経由で知り合ったため、
いくらお父さん(以下アッパ)が日本語はなせても、
年代が違いすぎて会話に困ります。

この恩師は
中1のときの学年主任だった先生で、1年後先生は異動したので、
結局学生のときは1年しかかかわってなかったけど、

10年後、ドラマのように再会@インターン中。

世間ってせまいなぁ、と思うより、
やっぱり、離れられない何かがあるな、うちらには。
(友達ではないが、この横着な言い方でも先生はなれているだろう。笑)

と思った。

それから、3年ほどおなじ職場で働き、
先生が辞める、というので、

先生いないならおもしろくないや、じゃ、私もやめよっかな。
と。




迎えに来るとのことで、家で待機をしていたら
すし屋待ち合わせ時間10分前にメール。
「セブンで」

え_うちから近くのセブンまで5分はかかるぞ。
で、すし屋に、となれば、完全待たせてしまう。
ありえん。

とおもっていたら、またメール。
「春木のセブン到着」



はああああああ?
そっちかーーーーー!

最近ココストアからセブンにかわった、
正確にいえば、「石垣西」のセブンはうちからあるいて10分はかかる。

目の前のセブン石垣東店から西店に戻って、
すし屋なら、もう完全に遅刻。
やっぱ、自分で車で行けばよかったなぁ!
(この考えは後々、さらに切実になる。)
で、直近の(使い方ちがうけど)セブン到着。

結局、すし屋まで寒い中、早足で5分強。


はじめから、西店でって昼ぐらいに連絡しとくべきだと思う。


駆け込み、「ミアネヨー!!シルレッスムニダー!!」と叫び、
許してもらう。
私のせいじゃないのに、ルーズって思われたくない。




あーやだやだ。

すし屋のウーロン割の焼酎に、酒が入ってないと文句をいう
恩師に誘われ2件目。


同年代の友とだけでは絶対に踏み入ることの出来ない、
スナックなのか?カウンターだけの店に到着。
ウィスキーのウーロン割りを出される。


嫌な予感。

どっちも胃に悪い。。。


アッパも、さすが韓国。発声がいい。
先に歌え!と恩師に言われ、
「いいのか~?ニヤリ」
となごり雪をアレンジで歌ったら、
先生、困り果てる。笑
いわんこっちゃない。

その後たくさん入店してきた教育委員会の人らしき、べろべろの
おじちゃんたちに混じって、中学1年の時の担任である先生に13年ぶりに再会!


こんなところで!!!!

それまで学校行事の運営部隊から距離をとっていた私を
(クラスのど真ん中にはいたと思うけど。)
そっと呼び出し、「あんた、委員長やってみらんかえ?あんたしかおらんと思うんやわ。」
白羽の矢を私のおでこあたりに、ぶっ刺してくれ、
委員長と挙句、3年の時には生徒会にまで属するほど、
運営部隊にどっぷりと身を浸す中学生にしてくれたのは、彼女のおかげだし、

彼女の英語の発音がよくなければ、私は英語好きにならんかったかもしれない。

何より、私をきちんと認めてくれたみたいで、うれしかった。
嬉しさで泣きそうな目をしてたのを、彼女は捕らえていただろうか。

回顧から戻ってくると、
恩師が言う。毛のない自分の頭のこめかみを指しながら、
いつものように。
「こいつはぁ…頭がかしこいんじゃ。いや、賢いというか、人より切れすぎるんじゃ。プッツンすると言う意味ではなくてな。」

私「うん、知ってる。」
恩師「お前は、あんな子供のときから、横着で(本来の意味の横着とは違うようだ、生意気?子供らしくない?に近いのか)。
周りの子供たちが俺を怖がる中、こいつ一人は決して物怖じせんのや。」

そして、担任の先生が迷わず、私を委員長に、と推してくれたことを教えてくれた。


この人たちには、わかっていたんだ。
よかった。
きちんと見てくれている人はいる、と心から安心した。
周りが静かだったら、一人きりだったら、泣いていたかもしれない。

この数年、恩師についてきて、間違いではなかった。

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マスターに「歌わな!!!」といわれ選曲に悩んでいると、
恩師が
「まだ、歌うな、お前さんが歌ったら、みんな大変なことになる!」
といわれたので、しばらく選曲に集中してると、

恩師が「歌って、周りを黙らせてやれ!!!」

さっきと言ってたことと違うがな。


担任だった先生に、感謝の意味を込めて
英語の歌を聞かせてあげたくて、
PinkのWho Knew?を唄ったら、
お店のママは両手挙げてノリノリ、バイトの国際学生も、
気づけばマスターも赤ら顔で絶叫。笑

恩師は酔いも完全に周り、
「こいつぁ…本当に…まいった。もう歌わん・・・」
と毛のない頭を抱える。
(抱えながらもリズムを取っていたのを私は見逃さなかった)


他のべろべろのおじちゃんたちにも帰りがけに、
「いい歌聞かせてもらいました!」と挨拶される。
皆さんの思い出になっただろうか。




さて、課題は、50代以上の方たちに合わせた日本の歌を歌えるようになること。
さすがにGagaは歌えなかった。
Carpentarsもメロディー自信がなかったし、
好きなElvisもものにしていない。






書き残しておきたかったのは、見てくれてる人は絶対いるということ。
それを決して忘れてはいけないこと。

あと、ウィスキーは胃の弱い私にはほんの少量でも、
その後2日間胸焼けを起こさせるので、飲まないこと。
危うく城島で、パンダ移動になることろだった。
海からの風に吹かれて

音を聞いていると

ひとつひとつの細胞の奥から

名づけ難い何かがこみ上げて来て

涙となる

それは決まって

短調の曲で

古い遺跡やきれいな景色を見たときで




思い出の曲でも

土地でもない




昨日は友達の豪邸から花火を見た。
なんだか気づけばしばらくあってなかった友達は
いつの間にか恋人が出来て、この夏結婚。

また一人、遊ぶ友達減っちゃうって思ったけど、
ここは夫婦二人で私の面倒見てくれるそうで、
また、Homeと呼べる場所に気づいた気がした。

旦那さんになる人(もうすでに旦那とよんでいるが、)が出張で
留守だったため、昼過ぎから10時まで結構長居してしまったけど、
だらだら、面白い時間を過ごせた。

大学の先輩だけど、一度も話したことのない人も花火から合流して
家主は上がる花火を「あれはあじさい。」とかひとつずつ実況し、
「カレー臭い!」っていう私に姉さんは「ハヤシライスだってば!!!」とつっこみ。「富士観ホテルがシンデレラ城みたいだな。邪魔だけど。」とか、あーだこーだいいながら、女だけで、ベランダで花火見た。
「明日仕事だー行きたくなーい」とか叫びながら。
次の日仕事がある日曜にしてはheavyな、一日だったな。
いろいろ新鮮だった。


なんで距離を置いていたんだろ。
もっとどんどん外に出ていかな。
音楽も含め、もっといろんなことに出会わなければ。
体を壊さん程度に。
いつも一錠できく頭痛薬を二錠飲んだのに、
熱が一向に下がらん。


映画を2本立て続けに見る。
日本語以外でしゃべりたくなる。
現実逃避に勉強するなら、ロンドンよりスペインとかの方がいいかも。

スペイン語も英語ほど汚くしゃべれたらいい。


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